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NEET株式会社のアラサー男子が人生について考えてみた

NEET株式会社のスクイッドが人生に役立ちそうなことについて綴ります

親との関係と学校生活で受けたネガティブな情報をクリアにしよう

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人というのは余分な情報がなければ、自分の好きなことを率先して手をつけられるし、自分の欲求を上手に満たせるようになっています。

例えば、引け目がなければ気になる異性にさらっとアプローチできますし、お金のブロックがなければ料金を請求する時に後ろめたい感情を抱くことはありません。


上記は一例にすぎず、何かしらの過去が生きづらさにつながっている可能性はかなり高めです。
どういった影響があるかは何度か書いているので、今回はざっくりと説明してから解決法に触れていきます。

 

親との関係から取り入れるもの

・対人関係における他人との接し方

・衣食住全般の生活習慣や捉え方

・お金との付き合い方と考え方

・自分自身に対するイメージと自己評価


学校生活で築く情報

・カリキュラム内での得手不得手から、可能性を狭めてしまう

・社会での振舞い方(先輩後輩、同級生との関係から)

・相対的な自己評価(成績を比べられることで自分と他人を比較する癖がつく)

 

この辺りのことについて、大人になってから、「いや~、あれはマジでなかったわ~」と思うことがあれば、どんどん紙に書いていって下さい。


十年以上経過しているのに、もやもやに臨場感がある場合は、感情が上手く整理されていない可能性があります。
自分がどんな気持ちだったかを改めて理解することで、徐々に感情が整理されていきます。


ちなみに、思い返す中で上手く思い出せないことがあったり、不快な感情が強くなる場合は、無理せずにそのままにしておきましょう。
トラウマほどではないにしろ、何かしらの理由で記憶に蓋がされていることもあります。

もしも、思い出す必要がある出来事なら、ちょうどいいタイミングで気づきを与えてくれたりするので、気長にその時を待つ方がベターですね。


補足として、退行催眠だったり、力技で過去の情報を引っ張り出す方法はおすすめしません。
そもそも、その人自身の状態がクリアになれば、必要な情報は睡眠時の夢なり、シンボリックなメタファーとなって現れやすくなります。
本来の目的は、心身の活力を上げたり、思考や感情がクリアになることで生きやすくなることだと思います。

 


ここで重要なお知らせです。

もしも、自己評価が低い場合、過去に誰かから言われたことを鵜呑みにしたままになっている可能性があります。

例えば、親から頭が悪いと言われたり、不細工だと言われた。

あるいは、同級生にからかわれたことで、何らかのコンプレックスが芽生えてしまった。

挙げていけばキリがないほど、こういったケースはたくさんあります。

 

それでは、なぜ鵜呑みにしてしまったのか?

ここでは経験(記憶)の濃度と密度が関わってきます。

単純に濃度=インパクトの強さ、密度=回数や頻度と思ってもらって大丈夫です。

インパクトの強さとは、感情が大きく動いた、痛みなどの不快な感覚を伴ったなど。
回数や頻度とは、文字通りどれだけ特定の何かが繰り返されたかがポイントです。

つまり、ショックを受けた言葉や、何度も言われたことほど印象に残りやすく、結果的に他人からの評価=自分の中でのセルフイメージということにつながります。
そして、時間が経てば経つほど、それが最初は他人に言われたことを忘れてしまい、その人自身と一体化した状態が固定されてしまいます。

 

これはもう、催眠術にかかっているようなものです。

お前は不器用だと言われ続けた結果、本人もそう思うようになることで、器用であることよりも不器用であることを示す材料を自分から集めるようになります。

さらにひどい場合では、無意識に不器用に見える行動を取るようにさえなってしまいます。

 

まずは、自分の中で自分の好きになれない部分、何となく苦手意識があることについて、他人から言われたことが影響してないか思い返してみるといいかもしれません。

また、自己卑下しやすいことがある場合も、同じようにまとめてみるとよいでしょう。


謙虚になることは自分を客観視できる長所が見られるものの、謙虚さと卑屈さの境界は曖昧なところがありますし、自分を卑下してもいいことはないと思って下さい。


ところで、久しぶりに父親が夢に登場しましたが、彼のあり方はとても許容できるものではないと再認識することができましたw

簡単に解説すると、二十歳位の時から一緒に住まなくなり、時間が経過するにつれて、父親の教育法に違和感を持つようになりました。

まあ、その判断は妥当だったわけで、父親の教育や子育ては半ばカルトに近いものがあり、離れて暮らすことでようやく洗脳が解けたような状態になったと分析しています。


たまにいると思うんですが、人格障害的な親を持った場合、親側へのアプローチは暖簾に腕押しどころか、ハチの巣に手を突っ込むようなものなので、やめておきましょうw
はっきり言って、親を変えるより自分を変えた方が早いです。

そもそも、マズい親を持った場合、その人自身も汚染されている可能性が高いので、どこかでマイナーチェンジなり、フルモデルチェンジが必要になってきます(幸せになるには)。

 

とにもかくにも、親と学校の影響はかなり大きいと思って間違いありません。
ちょうど、苫米地さんの本を読んでいたら、親や教師に限界を決めつけられることで、自分の限界を決めつけてしまうと書いてありました。

無意識下に納まった部分もあるため、完全にゼロにはできないにしろ、思い込みを取りはらって、可能性に満ちた人生にしたいものです。