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NEET株式会社のアラサー男子が人生について考えてみた

NEET株式会社のスクイッドが人生に役立ちそうなことについて綴ります

幸せな人生のために長所を伸ばそう

 

こんばんは、NEET株式会社のスクイッドです!

 

最近の教育事情は知りませんが、少なくとも自身が学生の頃は長所を伸ばすことよりも、短所を穴埋めすることが推奨されていました。

この穴埋めっていうのは、本人のためじゃなくて、周りに迷惑をかけないためという前提条件があるんですよね。

教育という表現はきれいすぎるので、洗脳と言っても言いすぎではないでしょうw

 

この周りにっていうのが曲者で、社会のためという大義に見えて、親や教師などの近しい人間に迷惑をかけないようにというエゴが隠れています(陰謀論じゃないよw)。

分かりやすいところでいくと、子育てしやすいようにいい子にしてねとか、授業が捗るようにおとなしくしてね、などなど。

すでにお気づきかもしれませんが、本末転倒になっているため、優秀な人材を育てるという崇高な目的はどこかのドブに捨ててしまったようです。

 

例えば、本当に人を育てる気があるなら、運動が得意な子に成績のことでがみがみ言う必要はないですし、勉強は得意で運動が苦手な子がどんくさくても、さらし者のようにくじく必要はないでしょう。

 

 

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ちなみに、人口の構成比というのは、もれなく学校にも採用されると思います。

つまり、世間にそこまで人格者が多くない以上、尊敬できる教師の方が少ないということです。

 

本題に行く前にディスり記事になってますが、あと少しで終わりますw

ストレートに表現すれば、仕事をそつなくこなし、月々の給料を確保しなければならないという点においては、普通のサラリーマンと共通なわけです。

システム上、生計を立てるために惰性で教師をやっている人がいても、おかしくないということになります(職種問わずあるある)。

 

また、カリキュラムの進捗を守るにしても、授業の理解度や成績の出来がスルーされてしまうのなら、誰のための教育なのか分かりません。

もちろん、高い意識を持って現場に立たれている方もいるでしょうし、理想通りにいかない部分があることも想像できます。

 

 

長所は探さなければ見つからない

 

教育論的な記事はこの辺にして、そろそろ本題に移りたいと思いますw

学校がそんな感じなので、個性であるとか長所がわからないまま大人になる人は少なくないでしょう。

それでも、勘が鋭い人は、何らかのかたちで才能の源泉を見つけだし、仕事や趣味でポテンシャルを発揮しています。

 

自力で見つけられた人たちは、幸運な人たちと言っても過言ではないと思います。

なぜなら、自分には何の才能もないと思いこんだ結果、探すことを投げ出してしまう人たちもいるからです。

 

たしかに、無力感を覚えるようなことが多かったのなら、そうなっても仕方のないように思われます。

しかし、本当に何の取り柄もない人はほとんどいないはずです。

あるいは、長所と呼べるレベルを高く設定しすぎているため、本人がそう思えないこともあるのかもしれません。

 

 

自慢話にとらえてほしくないのですが、僕自身も誇れることのない自分が悔しくて、無力感を噛みしめるような青春を過ごしました。

それでも、テニスが好きで続けた結果、大会で入賞するレベルまで上達しました。

学生の頃は作文が苦手だったものの、小説やブログを書くことで文章力を向上させることができました。

 

今になって振り返ると、そこまでの根拠もないのに、「運動が得意じゃない子」、「取り柄のない子」のようなレッテルを貼られたことで、そのように思いこまされていたことが分かります。

それにしても、人の可能性を潰すってマジで残酷ですね!

 

かろうじて、可能性を閉ざさずにいられたのは、自分が好きだったり、楽しいと思えることに力を注げたからだと思います。

親がスパルタだったりして、テニスではイヤなこともありましたが、好きなことなので続けることができました。

 

 

文章に関しては、創作活動をしたいと思って作詞を始めたことがきっかけになり、小説やブログを書くようになりました。

途中で一年ぐらいスランプになって何も書けなくなったものの、自分を見つめ直すことで復活することができました。

テニスと同じように、好きであるとかやりたいという気持ちが根っこにあることが重要だったと思います。

 

 

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凍った感覚を解凍する

 

自身はたまたま、好きなことや情熱を傾けられることを追求する作業を続けていましたが、そうでない人もたくさんいると思います。

その場合、アンテナみたいなものが働きにくくなっているので、リハビリが必要になってきます。

 

シンプルに、好きなゲームをやってみるとか、行ってみたい場所に行く、気になる食べ物を食べに行くということから始めてみるのも効果的だと思います。

どういうわけか、こじらせ系の人はこういったシンプルなことが難しくなってます(笑)

 

傍から見れば、やればいいじゃん、行けばいいじゃん、食べればいいじゃんなんですが、首をかしげたくなるような立て前を並べ始めます。

つまり、素直じゃないってことですね!

 

 

人生をよくしようと思ったら、素直さは大事です。

穿った物の見方をしたり、疑心暗鬼な人で幸せそうな人を知りませんw

神経質なお金持ちがいたら、守銭奴みたいでなんだかイヤじゃないですか(笑)

 

話がそれましたが、好きとかやりたいという感情を呼び起こして、情熱を復活させる作業は重要だと申し上げておきましょう。

これを続けていくうちに、これはやりたい、これはやりたくないっていうのが、それまでよりも明確になってきます。

 

そして、どれだけ惰性で物事を決めていたのか気づき、愕然とするはずです。

自身もそういう傾向があったので、何となく察しがつく感じですね(笑)

 

 

元々は長所の話でしたが、好きなこと探しにテーマがすり替わっていました。

ただ、長所を磨くにも、好きでないと長続きさせるのが難しくなるので、結果的に好きなことの方が才能を伸ばすことができるとご理解下さい。

 

情熱の力というのは、本当に侮れません。

普段はおとなしい人が大胆になったり、飽き性の人が粘り強くなったりします。

本来、この力を発揮することが幸せへの近道なのですが、教育や社会はそれを抑えようとしているように見えることさえあります。

 

これは、有名な起業家や一流のアスリートだけに限った話ではありません。

誰にでも備わっている力強いパワーです。

どうかこのことを忘れないで頂きたいと思います。

 

 

この記事をお読みの方々が本来の力を発揮して、幸せな人生を歩まれることを心から願っています。

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございます!

 

 

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